こんにちは。
金曜日担当 みづの みあらかです。
今日は思い立って、伊勢神宮におまいりに行ってきました。
泊まりになったので、アル(猫)を友人に預けてきたのですが、
最近では、預け先にも大変氣を遣うようになりました。
というのも、ペットホテルに預けると、アルは様子が変わって帰って
きていたからです。。。。
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アルは動物学(そんなのあるのかしら?(^^;)は猫なのですが、
我が家では動物・ペットという扱いではなく、
まるきり、家族で友人で、まるで人。
『アル?』
『ん゛〜』
『ただいま』
『みゃ〜(おかえり〜)』
『みゃ?

(ねえねえ)』
『み゛ゃ〜〜〜(あけて〜)』
←ドアの向こうに行きたいときには、
私を呼んでドアを開けてもらいます。
と、私の目を見て訴えかけます。
もう少しでほんとにしゃべりそう

ところが、私が外出でペットホテルに預けると、
私の話しかけに応えなくなります。
私の顔を覗き込まなくなります。
しばら〜く、
『アル〜、どこ行くの〜
なにしてるの〜
ご飯食べる〜』
と話しかけていると、
『みゃ?

』
と返事をするようになるのですが。
ペットホテルの方ももちろん、動物好きでよくしてくださるのですが、
どうやら、彼らにとって、“ネコ”は“猫”らしく、話しかけてくださっても、
返事をする、意志の疎通ができる、という感覚がないらしいのです。
何日も人格ならぬ、猫格を無視され続け、アルはフツーの猫に
なってしまうのですね

猫をドーブツとして、扱っていると、
意思疎通のできない、ドーブツになってしまう。
意思疎通のできる賢い家族や友人として扱えば、
その子はそのように振舞うようになってくる。
これは、猫や犬に限ったことではないと思います。
自分のことを、ほかの人のことを
どのようにどのように扱うか。
それが、その人の、自分のある一部分を決めてしまうことも
あるのです。
誰かのことを
『あの人はこういう人だから。。。』
と決めてかかってはいませんか?
自分のことを
『自分はこういう人だから
(だから、これこれできない)
(だから、このくらいで仕方がない)』
と決めつけてはいませんか?
自分のことも人のことも
『こうである』と思い込むことは
能力の制限になります。
今日は、自分のことも人のことも
『こんな人』
という思い込みを一つはずしてみませんか?
また、違った一面が見えてきたり、
違った関係が築かれたり

思わぬよいことがあると思いますよ

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genre : 心と身体